トーマス・マン【トニオ・クレーゲル】ドイツの講義で印象に残った本

ドイツのハイデルベルク大学で主専攻は言語学だったのですが、第一副専攻で、【ドイツ文学】を学びました。

当時、ドイツ語を習い始めて3年、大学に入ったばかりの私に毎週本を一冊読んで、講義で内容を解釈していく、というのは、なかなか難しいことでした。

それでももともと本好きなので、いくつか印象に残った作家や作品はあります。

トーマス・マン、レッシング、デュレンマットなどがそうです。

 

第二副専攻として学んでいた【日本学】の文学同様、大学で基礎として学ぶのは、やはり古典文学が多かったです。

昔は今のように完全にエンターテインメントの一部として容認されている時代ではありません。

今から100年程前は、【本を書く】という行為は、”きちんと働かないもの”というマイナスのイメージもありました。

それだけに当時、作家を選ぶというのは、今よりも強い決断が必要で、彼らが書く作品には、深い思いや、固い決意が込められていました。

読んでいてもその思いは充分に感じられます。

この作品も、長さはそれほどでもないのに、読み進めるのに時間がかかったのを覚えています。

 

fujiko

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なぜか、じっくりゆっくり読みたくなってしまう。

今回は、自分が学んだドイツ文学の中から、印象に残った一冊をご紹介します。

ノーベル文学賞作家のドイツ人【トーマス・マン】

トーマス・マンの【トニオ・クレーゲル】は、1903年に発表された本です。

トーマス・マンは、1929年にノーベル文学賞を取ったドイツの作家で、日本では【ヴェニスに死す】が代表作として一番知られているかもしれません。

 

トーマス・マンは北ドイツのリューベックに生まれ、大商人の父とブラジル系スペイン人の母を持ちます。

学生時代から校内雑誌などに作品を書き始め、いったん南ドイツの火災保険会社に就職しますが、半年後処女作が世に認められると退職し、専業作家として生きる決心をします。

第二次世界単線中にアメリカに亡命、そこからドイツ・オーストリアからアメリカへの亡命を支援します。

 

1903年に発表された【トニオ・クレーゲル】は、トーマス・マンの自伝的な要素が入った作品で、ドイツでは有名な【変身】を書いた、8歳年下のフランツ・カフカが愛読した本としても知られています。

日本でも当時、三島由紀夫、吉行淳之介、北杜夫、大江健三郎、辻邦夫などが、トーマス・マンの強い影響を受けています。

 

【トニオ・クレーゲル】トーマス・マンの自伝的要素が強い作品

トーマスマンは、若いころから自己の矛盾に悩んでいました。

まず自分の容姿です。

当時は今より社会的構造が単純でステレオタイプが多い時代でした。

特に、スペインやイタリアとの交流も多く、容姿も茶色い目や髪のドイツ人も多数いた南ドイツと違って、トーマス・マンの出身である北ドイツのリューベックでは、”金髪碧眼で白い肌のドイツ人”が多くいました。

 

トーマス・マンの父親は、リューベックで有名な豪商の家系でした。

祖父ヨハン・ジークムント・マンはオランダ名誉領事およびリューベック市民代表。

そして、父のトーマス・ヨハン・ハインリヒ・マンは市参事会議員として市長に次ぐ地位だったのです。

いわゆるエリート家系です。しかし、そんな中でトーマス・マンの母は、ブラジルの貿易商の娘で、南国風の顔立ちと気質を備えていました。

【金髪碧眼の北ドイツ人の父】と【浅黒い肌に暗い色の髪を持つ母】との間に生まれたトーマス・マンは当然、生粋の北ドイツ人とは、髪の色も肌の色も違います。

 

外見に加えて性格的な違いもあります。

勤勉できっちりしたドイツ人の父と、ラテン系で陽気な母。

トーマス・マンは、しばし、自分の中に両方の気質を感じて、戸惑っていました。

(余談ですが、トーマス・マンには同じく作家の兄ハインリッヒ・マンがいます。兄はそのような葛藤はなかったのかも気になるところです)

 

このような背景を持つトーマス・マンと彼の作品【トニオ・クレーゲル】は重なる点が多くあります。

後日、トーマス・マン自身も、【トニオ・クレーゲル】はかなり自分の内面を投影した作品だ、と言っています。

【トニオ・クレーゲル】とはどんな作品か

トニオ・クレーゲルの舞台は、トーマス・マンの地元である北ドイツのリューベックです。

【トニオ・クレーゲルのあらすじ】

トニオ・クレーゲルは、リューベックの大学へ行く人のための高等学校(ギムナジウム)に通っている。

真面目で堅実な典型的ドイツ人が多い学校で、彼らに対するあこがれはある。

しかし、イタリア出身の、ラテン系で時には歌を口ずさむような陽気な母の血を受け継いでいる自分とは違和感を感じる。

金髪碧眼の同級生の男子、ハンスにあこがれを持つも、話をすると違和感を感じる。同じく金髪碧眼を持つ女子、インゲに好意を持つも、そちらも苦い結果が待っている。

 

トニオが若いうちに、父が亡くなってしまい、母は再婚のためリューベックを去る。

トニオは大人になり、作家になるが自分の中に、ドイツ人の父の気質と、ラテン系の母の気質両方を感じ、いつも心の中に葛藤を抱えている。

 

北ドイツとイタリアの間にある南ドイツのミュンヘンで生活しながら、ある時そこで知り合った芸術家のリザヴェータに自分の葛藤を打ち明ける。

内面の葛藤を抱えたまま、トニオは自分のルーツをもう一度探るべく、故郷の北ドイツのリューベックへ旅行する。

さらに北のデンマークへ向かう途中、かつて学生時代にあこがれを抱いていた、金髪碧眼のハンスとインゲと同じタイプのカップルを見かける。

その旅を通して、トニオは自分の改めて内面を見つめ、だんだんと折り合いをつけていく・・・

トニオは旅先から手紙で、自分の決意をエリザヴェータに告げる。

 

fujiko

fujiko
本の中の主人公は”トニオ”だけど、ここまでトーマス・マン自身が自分の葛藤をさらしている作品は他にないと思う。

 

最後に【トニオ・クレーゲル】とは

私自身も、幼少のころから、なぜか【矛盾】というものがとても気になるたちでした。

この作品は、そのころの気持ちを思い出させてくれます。

 

”トニオ・クレーゲル”のテーマである【矛盾・自己葛藤】

  1. ”金髪碧眼”が典型的なドイツ人として表現されている
  2. あこがれと違和感のの混合
  3. 自分の中のラテン気質とドイツ人気質の矛盾

【”トニオ”そして作者の”トーマス・マン”は、これらの矛盾への葛藤にどうやって折り合いをつけて生きていくのか・・・】

 

ドイツに留学して大学で学んだことで、トーマス・マンの故郷のドイツで、原書でこの作品を読むことができました。

講義での中で出てきた、彼の中の矛盾、その葛藤がどのように表現されているのか、そして最後にカタルシスはあるのか、それらの解釈を行ったことも含め、この一冊に出会えてよかったです。

 

現代は時間の進みが早く、せかせか毎日を過ごしている人も多いと思います。

この本を読んで、一瞬でもゆったりとした時間を取り戻し、落ち着いて自分の内面をちょっとだけ見てみるのも、いいかもしれません。

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ハイデルベルク大学修士卒業・ハンブルクの企業で代表を務め、社内ベンチャーで異業種起業をして繁盛店にする。

記事執筆・翻訳通訳・ドイツ語個人レッスン経験あり。

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