ドイツのベルリンへ再訪③―何度行っても奥が深い

2019年3月初旬

デュッセルドルフからベルリン訪問の3日目、最終日です。

友人の家にお邪魔しています。

 

昨日はなかなか珍しい地上防空壕、地下防空壕ツアー、そして東西ドイツの緩衝地帯に行ってきました。

ドイツのベルリンへ再訪②―何度行っても奥が深い

 

 

今日はユダヤ人が初めて収容所に送られたと言われている、17番線という場所に行ってきます。

 

 

17番線というのは駅の線路の番号

この日は、ベルリン市内は雲はあるものの空は明るく、そこそこ晴れていました。

近所にある川の前のオブジェを通って目的地の17番線に向かいます。

 

余談ですが、このオブジェは実は3人の人で成り立っています。

でもどの角度から見ても3人そろって見えることはなかなか難しいのです。

2人に見えちゃいます。

 

17番線があるBerlin-Grunewald駅

ドイツが初めてユダヤ人を収容所に送ったという17番線がある駅はGrunewaldという駅です。

 

今でも使われている駅なので、その駅まで行きます。

ベルリン市内の中心ではありませんが、電車で30分ほどで到着できました。

 

ここで1941年10月から1945年の2月にかけて、5万人以上のユダヤ人がいくつもの強制収容所に連れていかれたのです。

 

ホームを出てまず下に降ります。

 

するとすぐに【Mahnmal Gleis17は右】という矢印がありました。

ちなみにMahnmalというのは【追悼碑】という意味です。

【記念碑】という単語とは違い、哀悼の意味を込めらえた言葉です。

 

寂しい地下道を歩きます。

本来17番線は、人間ではなく貨物専用列車の路線です。

そのため人間が通常使う路線とは少し離れたところにあります。

 

ユダヤ人は貨物列車で収容所まで運ばれていったのです。

 

17番線の表示が見えてきました。

上に上がります。

上に出てみると、ぱっと見ジャリ道でそこが元線路だとはわかりませんでした。

 

鉄の歩道の右側は細い木と枯れ葉で覆われています。

 

そのままどんどん歩きます。

枯れ葉がなくなって線路が見えてきました。

これが17番線です。

 

鉄板にはユダヤ人が送られた日付・人数・場所がすべて記録されています。

線路の向こう側にも同じように記録が刻まれています。

 

晴れていたはずのベルリンですが、ここでは雨が降っていました。

私たち以外誰もいません。

 

線路の向こう側に行きます。

 

線路の後ろの方はこの付近の住民が通る自然道がありました。

 

閑散としており誰もいません。

天気が悪いせいもあるのでしょうか。

 

唯一見つけたのは、コンクリートを塗ったばかりの上をネコが通って固まってしまった足跡。

そのまま線路から外に出てくると、穴の開いた壁を見つけました。

 

これはユダヤ人を哀悼して作られた追悼碑でした。

全部が人型をしているのです。

 

ここにも17番線への矢印がありました。

 

追悼碑に書かれた言葉です。

1941年から1945年にかけて5万人以上のユダヤ人が強制収容所に送られて殺されたこと、

そしてそれを忘れてはいけないこと、などが書かれています。

 

これがGrunewaldの駅です。

小さくて可愛らしい駅です。

 

そこからもう一度地下道を通って、駅からベルリン市内まで戻ります。

 

すぐ電車が来ました。

 

雨のGrunewald駅からベルリン市内へ戻ります。

 

ユダヤ人の身に起きたこと

ドイツで20年近く生活していて、ドイツとユダヤ人の歴史を完全に忘れて生活することはできません。

 

17番線に行って、これまでに訪れたいくつかの場所を思い出しました。

 

アウシュビッツ

ポーランドのアウシュビッツの強制収容所。

長い長い線路が印象的です。

働かされたユダヤ人が反抗の意を表すためにBの文字を反対のとりつけた、といういつわのある「Arbeit macht frei」

確かに本来は下の部分が大きいはずのBの、上の部分が大きくなっています。

張り巡らされた鉄線

おどろしい地下

 

オランダ・アンネの家

オランダ、アムステルダムにあるアンネの隠れ家も忘れられません。

隠れ家に行った後、しばらくアンネ関連の本を買って読み漁ったことを思い出します。

 

ベルリンの強制収容所の跡地

ベルリン郊外にも強制収容所の跡地があります。

全容のミニチュアがあります。

 

広い敷地に建てられたほったて小屋

これがお風呂だと知った衝撃

 

できるだけ多くの関連施設を残す姿勢

ドイツにいるとこれらの関連施設をたくさん見て、その時代を感じることができます。

 

ベルリンもは今でも訪れるたびに、戦争時代に関する新しい施設ができています。

 

あの頃の出来事を風化させないためにも、そして同じことを二度と起こさないためにも、このように過去を感じる施設が多く残っている事はとてもよいと思います。

 

ベルリンの旅を終え、デュッセルドルフへ

17番線を見た後は友人と別れ、デュッセルドルフに戻ります。

 

ベルリン市内は、雨などなかったかのように晴れていました。

 

ベルリン中央駅内のアンペルマンショップで買い残したお土産を買います。

 

帰りは行きのように混雑することなしに、デュッセルドルフに到着です。

デュセルドルフに着くと、何やら喧騒感が漂っています。

 

そう、こちらでは今日カーニバルだったのです。

もうカーニバルの催し自体は終わっていましたが、ちらほら見かける仮装した人たちが名残を感じさせます。

 

明日からまた日常が始まります。

ベルリン旅行記終わります。

 

 

 

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ハイデルベルク大学修士卒業・ハンブルクの企業で代表を務め、社内ベンチャーで異業種起業をして繁盛店にする。

記事執筆・翻訳通訳・ドイツ語個人レッスン経験あり。

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