ドイツのベルリンへ再訪②―何度行っても奥が深い

2019年3月初旬

デュッセルドルフからベルリン訪問の2日目です。

友人の家にお邪魔しています。

 

ドイツのベルリンへ再訪①―何度行っても奥が深い

 

 

今日はあまりお目にかかれない、地上にある防空壕を見に行く予定です。

 

そのあと東ベルリンと西ベルリンの緩衝地帯となった地域に行きます。

 

その後は友達と別れて一人の時間があるので何をしようか考え中。

 

fujiko

fujiko
地下の1000人以上が入れるという地下防空壕ツアーも興味あるなあ。

でも、混んでそうだから急には行かれないかな・・・

 

 

まずはGesundbrunnenの地上防空壕へ

まずは地上防空壕へ向かいます。

こちらは外から眺めるだけなので、予約は必要なくいつでも行かれます。

 

Gesundbrunnenという駅で下車。

緑のタイルがかわいいこんな駅でした。

 

地上に出るとすぐ、目的の地上防空壕のミニチュアがありました。

 

friend

friend
地上防空壕に登っちゃうと見えないけど、こんな風に双子タワーの形になっているんだよ。

 

確かにこの先の小高い丘を登って地上防空壕跡地に向かうのですが、登ったあとはもちろん、登っている途中も防空壕の全容は全然見えません。

 

防空壕という性質上、意図的に見えないように設計されたのでしょうか。

 

丘を登って、地上防空壕に到着。

 

最初に目に留まるのはこの看板。

 

1869年から1990年に役目を終えるまで、この防空壕が果たしてきた役割が説明してあります。

 

1990年、私はまだ日本でのんびり暮らしていました。

【ベルリンの壁崩壊】という事の重要さがあまりわからず、ぼんやり遠くの出来事としてテレビを見ていた覚えがあります。

 

 

双子の塔の奥側です。

壁に爆弾の跡が見えます。

 

上に登るとベルリンが一望できます。

小雨が降っていましたが、訪れている人がパラパラいます。

ドイツ人が多いです。

 

お父さんが子供に向かって、この防空壕の歴史を一生懸命説明しているのが印象的でした。

 

fujiko

fujiko
現物が目の前に残っていてお父さんが真剣に説明してくれるっていいなあ。

こうやって子どもの記憶にも残って、歴史が継続されていくんだろうな。

 

双子塔の上からもう一つの塔が同じ高さに見えます。

反対側にも登ってみます。

こちらの塔にはてっぺんに後から追悼のために作ったオブジェがありました。

 

東西ドイツの統一を記念して建てられたものです。

 

地下防空壕の見学ツアーの予約

地上防空壕の見学を終え、駅の方に戻ります。

 

実は、この駅は見学したいと思っていた地下防空壕がある駅でもあるのです。

 

両方の防空壕がこんなに近いとは全然知らなかった!

 

来るときに受付をちらっとのぞいてみたら、今すぐの予約は埋まっているけど、16時からの予約がまだ空いていました。

 

これは買いでしょ、ということで並んで16時のチケットを取ることに。

無事に買うことができました。

大人1名12ユーロです。

 

後は16時前にここにもう一度戻ってくればいいだけです。

 

fujiko

fujiko
良かった~。

こんなにすぐ買えるとは思わなかった。

 

ベルリンの壁記録センター

次はBernauerstraßeにある壁記録センターへ向かいます。

 

ここは、東ベルリンと西ベルリンの壁の緩衝地帯になった場所。

 

もともとは住宅が建っていた場所です。

 

住民は、ある日突然国に勝手に東と西の境界線を引かれて「ここに壁を作る。新しい家を東ベルリンに用意したからここを出てそこへ移れ」と言われるのです。

 

家の一部は西側、一部は東側、という家もありました。

 

実際に壁が建設される前に建物の窓から西側に逃亡を試みた人が大勢いました。

 

ある者は成功し、あるものは転落死、または射殺という運命をたどります。

このBernauerstraßeという通りには、その当時の生々しい記録が今でも残っています。

 

 

地下鉄の駅をおりてすぐ目の前がBernauerstraßeです。

最初に目に入るのは、東ドイツ兵が西側に逃亡している写真がある壁です。

 

friend

friend
兵士が東から西に逃亡してくるって相当だよね。

 

この柱のところに壁があったのです。

この写真は西側から東側を撮ったもの。

 

見えにくいですが、道路に【ベルリンの壁1969-1989】と刻まれています。

 

東側から西側を見た様子。

鉄の枠線は、以前住宅が建っていた場所を示しているのです。

 

同じように、西へ逃亡するべく作った地下トンネルの位置も鉄線で示されていました。

東から西への最短距離ではなく、斜めに彫られていたのは、複数の家を経由するためか、それともトンネルが見つかるのを恐れたためか。。。

 

これは車両が通れないように武器が設置された跡地。

今はただの穴ですが、写真で小さく、当時どのように設置されていたかが載っています。

 

 

東から西へ逃亡を試みる人たちの写真が壁にあります。

 

1966年、1968年当時の様子。

このような写真が時代順にたくさん並んでいました。

 

壁を目の前にして、この人はどこに向かっているのでしょうか。。。

 

 

緩衝地帯の更に奥にある、もう一つの壁の奥、完全に東ドイツ側には今では普通の住宅が建っています。

 

この土台は、当時ベルリンの壁を作るために壊された住宅の残りです。

人々が見ているモニターには、当時東から西へ亡命を試みる人たちの様子が動画で流れています。

 

  • 窓から逃亡を試みる人のために、道路の下に安全用のクッションを敷いて成功を祈る西側の人たち。
  • 普通に歩くのもおぼつかないおばあさんが、必死に窓をつたって下に降りようとする様子。

 

  • 無事に生きて西側に来られた人を歓迎する人々。
  • 亡くなってしまった人への追悼の花。

 

動画で見ると当時の必死さと重さが直に伝わってきます。

 

緩衝地帯に建っていて、壊された教会の跡地には新しい教会が建てられています。

 

そのまま更に歩いて行くと、右手に【壁記録センター】が見えてきます。

 

壁記録センターの目の前には、当時の【監視塔】のオリジナルが残っています。

 

 

このようにベルリンには当時を知る資料が今でも町の至る所に生々しく残っています。

歴史を忘れないためにも、同じ間違いを起こさないためにも【実際にあったことが公開され引き継がれていく】ことは大きな意味があると感じました。

 

 

地下防空壕のツアー予約の時間が迫ってきました。

友達とはここでいったん分かれて、私はツアーに向かいます。

 

地下防空壕の見学ツアーへ

朝来た【Gesundbrunnen】駅に戻ります。

 

ここが朝、ツアーのチケットを購入した受付。

もう真っ暗で閉まっています。

 

時間がぎりぎりになってしまい、結構焦ったのですが無事にツアーに間に合いました。

20-30人は並んでいます。

もしかして2グループに分かれたのかもしれません。

 

こちらがパンフレット。

【下から見たベルリン】というタイトルがついています。

 

実はこのような【ベルリン地下ツアー】はこの防空壕だけではなく、まだいくつもあるのです。

【冷戦時代に使われていた防空壕】【ベルリンからベルリンへ逃亡するトンネルツアー】など7つのツアーが紹介されていました。

これらのツアーも機会があったらぜひ行ってみたいです。

 

私が今回行くのは、ツアー1の【暗い世界】。

入り口はなんと地下鉄駅構内にありました。

 

地下鉄駅にある防空壕の場所を示す案内板。

 

今使われている地下鉄駅のすぐ横に、1000人以上も収容できる大きな防空壕があるなんてとても不思議です。

 

こちらが地下防空壕への入り口。

 

90分以上かかるツアーなので、専門の熟練ガイドさんがついています。

言語は確か、ドイツ語・英語・スペイン語があったと思います。

私はもちろんドイツ語ツアーを選択。

 

 

中は写真撮影禁止です。

 

当時からあった水洗トイレ、明かりがなくても新聞が読める工夫がほどこされた壁、爆撃で破壊された時のため修理専門の人がいる部屋、休憩用のベンチだけではなく、ベットまでついています。

40以上にも分かれた部屋、1000人以上収容できる規模にも驚きです。

 

日本の洞穴を加工したような防空壕とは違いすぎます。

 

fujiko

fujiko
これなら本当に爆撃で地上が破壊されても生き延びれるかもしれない。

 

中には当時のオリジナルの他に、当時の様子を説明した展示品もありました。

ここではありませんが、身分の高い人用に作られた華美な防空壕の様子も説明されていました。

 

90分のツアーがあっという間に終了しました。

 

始まりがちょっと遅かったので、友達との約束の時間を少し過ぎてしまいました。

こういう時すぐ連絡できるSNSの発達は本当にありがたいです。

 

夕食は餃子三昧

ツアー終了後、無事に友達と合流して夕食です。

本日は中国人経営の餃子屋さん。

水餃子と焼き餃子とビールで楽しみました。

 

明日はベルリン3日目の最終日。

 

ドイツで初めてユダヤ人が収容所へ送られたという17番線に行ってきます。

 

 

続く。。。

ドイツのベルリンへ再訪③―何度行っても奥が深い

 

 

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ハイデルベルク大学修士卒業・ハンブルクの企業で代表を務め、社内ベンチャーで異業種起業をして繁盛店にする。

記事執筆・翻訳通訳・ドイツ語個人レッスン経験あり。

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